少し前から「自律的キャリア」という言葉をよく目にするようになった。「自律的にキャリアを形成する」とは、言葉でいうのは簡単だが、具体的にどうしたら良いのか・・・。私は2018年に卒業した大学院で、このテーマに関する研究を行い論文を書いたので簡単に紹介する。
結論から言うと、重要なポイントは下記2点である。
- 現在の自分を言語化することは自律的キャリア形成にはマイナス
- 未来の自分を言語化することは自律的キャリア形成にはプラス
つまり自律的キャリア形成には未来の自分を言語化することが非常に重要となる。そしてその実現の手段として、キャリアコンサルは非常に有効だと結論付けた。
自律的キャリアが提唱される背景
自律的キャリアが提唱される背景には、2つの課題があるからだ。
- 企業のキャリア管理の課題
- 社員のキャリア形成の課題
企業のキャリア管理の課題
これまでは企業が社員のキャリアを管理し、異動や昇進、OJTやOFFJTなどを行っていた。しかし昨今の企業では正社員、契約社員、派遣社員など人材の雇用形態が多様化し、企業が社員のキャリア管理を行うのことが難しくなっている。
また、目の前の業績達成を実現するため、社員のキャリア管理に時間を使う状況ではないという企業も多い。結果的にキャリア管理のノウハウがないという企業も少なくない。
そのため、現状では多くの企業が自律的キャリア形成を促進する予定という企業が増えている。
社員の自律的キャリア形成の促進状況
現在注力中 | 18.5% |
継続注力 | 9.2% |
今後注力 | 23.5% |
注力しない | 48.8% |
対象:従業員300名以上の民間企業(有効回答:531)
(出所)労働政策報告書 NO196(2017)P17 図表 2-1-2 より一部修正
社員のキャリア形成の課題
一方で社員自身のキャリア形成にも2つの課題がある。
1つ目は、昇格が難しくなっている点である。昨今は高齢社会となり、高齢者の雇用が継続される傾向にある。また以前に比べ組織の拡大が望めず新しいポストがない企業も増えている。結果的に昇格の機会が減り、社員が思うようなキャリア形成が難しくなっている。
2つ目は、社員自身にキャリア形成のノウハウがない点ある。自分が次に何を学ぶべきか、そしてそれをどこで学ぶべきか、キャリア形成を考えても進め方が分からない社員が多い。実際に労働政策研究・研修機構の調査では40%の社員が自分にはキャリア形成のノウハウがないと答えている。
労働政策研究・研修機構
私は「企業のキャリア管理の問題」「社員のキャリア形成の問題」の問題から、企業側も社員側もキャリアの問題を解決できないとなれば、第三者としてキャリアの専門家であるキャリアコンサルサルタントが必要になると考えた。
キャリアコンサルティングとは
キャリアコンサルティングとは以下のように定義されている。
「企業内で働く社員や転職者を対象とし、その主な目的は職業指導や職業支援」
木村周,2015「キャリア・カウンセリングとキャリア・コンサルティング」
キャリアコンサルのやり方
最近のキャリアコンサルティングには、キャリアに主観的な意味や解釈、ストーリーといった概念を取り入れる理論(構成主義的キャリアカウンセリング理論)をもとに、自分のキャリアを自分で言語化できるようにする手法が使われている。
キャリアコンサルティングの効果
キャリアコンサルティングの経験有無は、将来のキャリアに対する意識に大きな差がみられる。
企業の担当者は、キャリアコンサルティングを経験した社員に関して、「積極性が増えた(40%)」「メンタルヘルスが改善された(34.3%)」「自律的に将来計画を考えるようになった(22.9%)」などの感想を持っている。
また、社員自身は、キャリアコンサルティングを経験したことで「心理的な支援を得られた」「自己理解が深まった」という感想を持っている。
<キャリアコンサルティングの効果>
(企業)「積極性」(40%)「メンタルヘルス」(34.3%)「自律的な将来設計」(22.9%)
(社員)「心理的支援」「自己理解支援」
自律的キャリア形成の実現に重要な要素
自律的にキャリアを形成するには、キャリアに関する「主体性」が重要になる。いくつかの先行研究では主体性とは「自分で考えて自分から行動する」と定義されている。「人から与えられた課題を、率先して取り組む」いわゆる「自主性」とは違い、「主体性」は「何をやるべきかを自分で考え、自分から行動する」ことである。つまり、「何をやるべきかを自分で考える」という点が重要になる。
「社員の自律的なキャリア形成」を考える上で、この主体性こそが重要な概念である。なぜならば、日本企業で働く社員は、ライン管理職を初めとした企業のキャリア管理に依存するのではなく、今後はキャリアについても「自分で考えて自分から行動する」ことが重要になるからである。
主体性のメカニズムとは
では、どうやって主体性を身につけるか。私は「自己理解」を深めることが主体性に影響すると考え、下記の仮説を立て研究を行った。
【仮説】
- 自己理解を深めることが、主体性の向上に寄与し、その結果、職務充実度を高める
【分析方法】
① 調査内容・・・『仕事に関する意識調査』
② 調査対象・・・年齢・性別・地域・雇用形態など不問
③ 調査方法・・・インターネット調査
④ 質問項目・・・計40問(5段階のリッカート形式)、自由記述1問
⑤ 分析方法・・・(分析1)因子分析 (分析2)重回帰分析
※調査票回収数:106
【分析1/因子分析】未来の自己理解と現在の自己理解は別のもの
アンケートの結果から因子分析を行い8つの因子に分類した。ここで注目すべきことは「未来の自己理解」と「現在の自己理解」は全く別の因子だったことである。つまり自己理解と言っても、未来の自分を理解することと現在の自分を理解することは全く別の話ということになる。
① 未来の自己理解 ・・・「将来のキャリアについて考えている」など
② 挑戦意識 ・・・「いろいろな仕事にチャレンジする機会がある」など
③ 自己同一性 ・・・「仕事に愛着がある」など
④ 人間関係力 ・・・「上司との人間関係が良い」
⑤ 積極性 ・・・「つまづいたときに自分なりの考えで乗り越えようとしている」
⑥ 現在の自己理解 ・・・「自分の長所と短所を知っている」
⑦ 職務充実性 ・・・「自分の成長を感じる機会がある」
⑧ 独立性 ・・・「自分ひとりでできることは人の力を借りずにやる」
【分析2/重回帰分析】未来の自己理解を深めることが職務充実度に繋がる
職務充実度を向上させるには、自己同一性と挑戦意識の向上が影響する。そして自己同一性を上げるためには「未来の自己理解」を深めることが正の関係のある。未来の自己理解を深めることと「自己の言語化」も正の関係にある。
- 「職務充実性」には、「挑戦意識」と「自己同一性」が影響
- 「自己同一性」には「未来の自己理解」が緩やかに影響
- 「未来の自己理解」には「自己の言語化」が影響
つまり、未来の自分を言語化することで仕事への自己同一性が高まり、現在の仕事の充実度が向上する。ここでもうひとつ興味深いのは統計的に優位ではなかったが「自己同一性」には「現在の自己理解」が負の関係だったことだ。現在の自己理解を深めれば深めるほど仕事への自己同一性が下がることになる。自己同一性が下がると職務充実度も下がることになる。
ナラティブ人的資本研究所JP
考察
この研究から3つの考察が得られた。
①キャリアコンサルティングの経験は、自分の将来のキャリアを言語化する手法がとられている。つまり、この言語化は、未来の自己理解を深めることに繋がるため、自己同一性の向上にも寄与すると推察。
②キャリアコンサルティングは「現在の自己理解」を確認した上で、「未来の自己理解」まで発展させることに主眼をおいている。最終的に「未来の自己理解」を深めることを目的としており、既にその効果も示されている為、「自己同一性」の向上に繋がると推察される。
③「自己同一性」の向上とは、仕事への「愛着」「誇り」が高まる状態であり、仕事の意味付けができる。「やりたいからやっている」状態。結果的に、自己内に葛藤が生じずに仕事に取り組むことに繋がる。キャリアコンサルティングの経験は、キャリアへの「自己決定性」を高める。つまり、キャリアに対する主体性の向上に効果があると推察。
まとめ
この研究結果から言えることは下記2点である。
①「現在の自己理解」と「未来の自己理解」は別の因子であり「未来の自己理解」を深めることこそが、主体性の重要な要素である「自己同一性」(自己決定性)を高めることが認められた。
②キャリアコンサルティングの経験は、「言語化」「未来の自己理解」を高め、キャリアに対する主体性向上に効果がある。
つまり、未来の自己理解を深めるキャリアコンサルティングは「自律的キャリア形成」に有効である。
自律的キャリア形成が提唱される背景には2つの問題があった。「企業のキャリア管理の問題」と「社員のキャリア形成の問題」である。そして、その解決策として、キャリアコンサルティングの経験が有効であると仮説を設定した。現在の日本企業では「社員の自律的キャリア形成」を求める企業が増えている。この研究では、これまでの先行研究により示された「自己理解を深める」というキャリアコンサルティングの効果が「社員の自律的キャリア形成」に重要な「主体性」のメカニズムにどう影響するかを確認した。
研究の結果、「現在の自己理解」と「未来の自己理解」は別の因子であり「未来の自己理解」を深めることが、主体性の重要な要素である「自己同一性」を高めることが認められた。更に、その「自己同一性」が「職務充実度」に影響することも示された。つまり、キャリアコンサルティングの経験で深まる「未来の自己理解」は、「自己同一性」に影響し、主体性の向上に寄与すると推察できる。
自分の経歴やスキルの棚卸を行い、自分は何ができるか、自分は何をしてきたかと分析したうえで、現在の自己理解を深めても、結果的に自分自身の限界を考えてしまうのではないだろうか。これが研究結果として分析できた現在の自己理解を深めると仕事への自己同一性が低下する要因と推察する。
大まかにでも未来の自分を言語化することで目の前の仕事の大義名分を理解し、未来の目標に向かって仕事をすることで、仕事への自己同一性や主体性も向上し職務充実度も高まるものと考える。これができると最近提唱される「自律的キャリア形成」にもつながるものと考える。
ナラティブ人的資本研究所
代表 堺 孝善